◆SH2766◆弁護士の就職と転職Q&A Q92「『英語はやりません』という選択肢はあるか?」 西田 章(2019/09/09)

弁護士の就職と転職Q&A

Q92「『英語はやりません』という選択肢はあるか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 旧司法試験世代には、英語が苦手でも「日本語の起案力ならば負けない!」という心意気で企業法務系事務所に就職する進路も普通のこととして存在していました。ただ、リーマンショック後は、日本企業も成長シナリオを海外に求めるようになり、外国企業をクライアントに持たない弁護士も「英語からは逃げられない」という予感を感じさせられています。50歳代以上には、「日本語業務だけで逃げ切る」と決める弁護士もいますが、ジュニア・アソシエイト世代にとっては、「これから30年間以上も英語なしで食っていくことできるか?」というのは(英語を苦手とする層には)深刻な問題となっています。

 

1 問題の所在

 企業の新卒採用においてTOEICの点数をプラス評価してもらえるのと異なり、法律事務所の新卒採用においては、「英語力よりも論理的思考力」が圧倒的に重視されます。「TOEIC900点台だけど司法試験は2回目受験」の応募者を落として、「TOEICもTOEFLも受けたことがない予備試験合格組」を通過させるような書類選考基準が用いられています。これは、渉外系事務所であれば、「英語力は就職後でも上げられる(はず)」という成功体験に基づいており、国内系事務所であれば、「英語ができるアソシエイトを雇っても渉外案件を取れるわけじゃない。レビューもできない」という事情を反映していると推測されます。

 そのため、企業法務系事務所でも、新規弁護士登録時には英語を得意としないアソシエイトが数多く存在します。そして「時間さえあれば、英語力を磨きたい」という希望を抱いています。ただ、1日24時間という限られた時間を何に費やすべきか、その優先順位の設定には悩ましさが伴います。英語もやっておきたいけど、担当している事件の資料を読み込むだけでも深夜までかかってしまう。それに、金商法とか個人情報保護法とか、司法試験では扱わなかった法律も勉強しておきたいし、コーポレートガバナンスコードも、企業価値評価の手法も基礎的なことは知っておきたい。そんな状況下で、英語学習に時間を割いてしまったら、肝心な本業で納得のいく仕事ができずに低評価を受けてしまう危険も生じます。

 「英語」学習の悩ましさは、ゴールが見えず、どこまで投資すれば十分かの見極めが付かないところにもあります。大手の事務所で周囲を見渡せば、NY州弁護士資格を持った先輩がゴロゴロ存在します。TOEFLの勉強から始めて、時間をかけて留学準備をして、NY州弁護士資格を取得するところまで辿り着けても、今は、それだけで食っていける時代でもありません(ビジネスレベルの英会話力を身に付けるためにもプラスαの努力が必要です)。時間と費用のコスト予測は立てられても、それによって得られるリターンは不確実です。

 また、英語案件を扱うことに対する「負担感」は、国内案件の経験が長くなるほどに重くなってきます。新人時代ならば、「法律論もわからないし、英語もわからない」という二重苦を背負うツラさがありますが、年次が経つほどに、「日本語ならば短時間で品質にも自信を持ってできる仕事が、英語が絡むと途端に異常に時間を要するし、クオリティにも自信を持てなくなる」という状況に陥りがちです。「ジュニア時代にスタートしなければ、英語案件を扱うハードルが更に高くなってしまう」とも言えるため、「国内案件の経験値獲得を劣後させても、英語案件に取り組む価値があるか?」という悩ましさを抱えることになります。

 

2 対応指針

 将来のキャリアとして、インハウスも考えているならば、ジュニア時代に「英語を捨てる」という選択をすることは「愚策」です。企業を取り巻くリーガルリスクは、日本法よりも、海外リスクのほうが大きくなりうるため、国内案件しか担当できなければ、部門長を目指すことが難しくなってしまいます(管理職でなく、専門職を進むとしたら、将来的に「尊敬できない年下上司から疎まれるリスク」に直面します)。

 法律事務所でも、シニア・アソシエイトの転職市場における求人は「英語人材」が中心です。法律事務所の中途採用ニーズは「生え抜きでは育てられない人材」を対象とするものであり、その典型例が「英語人材」です。

 「英語抜きの企業法務系弁護士」が成り立つ分野として、唯一、思い当たるのは、「訴訟に強い弁護士」です。裁判所は日本語を用いると定められるため(裁判所法74条)、訴訟業務で一流と評価されるのであれば、英語が関わる事件であっても、「英語ができる補助者」との連携で対応する余地が残されています。

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(にしだ・あきら)

✉ akira@nishida.me

1972年東京生まれ。1991年東京都立西高等学校卒業・早稲田大学法学部入学、1994年司法試験合格、1995年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程(研究者養成コース)入学、1997年同修士課程修了・司法研修所入所(第51期)。

1999年長島・大野法律事務所(現在の長島・大野・常松法律事務所)入所、2002年経済産業省(経済産業政策局産業組織課 課長補佐)へ出向、2004年日本銀行(金融市場局・決済機構局 法務主幹)へ出向。

2006年長島・大野・常松法律事務所を退所し、西田法律事務所を設立、2007年有料職業紹介事業の許可を受け、西田法務研究所を設立。現在西田法律事務所・西田法務研究所代表。

著書:『弁護士の就職と転職』(商事法務、2007)




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