□(プレミアム会員限定)Brexitで現在何が起こっているのか 岩村浩幸(2019/10/07更新)

Brexitで現在何が起こっているのか

アシャースト法律事務所(Ashurst LLP)

英国弁護士/ニューヨーク州・ニュージャージー州弁護士 岩 村 浩 幸

 

  1. 更新情報:
  2. SHBR04 「EU離脱に関する英国による新しい提案」 岩村浩幸(2019/10/07) NEW 
  3. SHBR03 「英国議会の休会に関する英国最高裁判所の判決」(2019/10/01)
  4. SHBR02 「現在のEU法の枠組みとBrexitによる英国法への全般的な影響」(2019/09/26)
  5. ★ SHBR01 「議会によるBrexitプロセスの奪取と議会の休会」(2019/09/13)

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はじめにおさらい

 EUの設立に関わるTreaty on European Union(以下「EU条約」という。)の第50条の下では、EU加盟国がEUからの離脱を望んだ際には、離脱の通知を欧州理事会(European Council)に行ってから、離脱合意を締結するか、または離脱合意が締結されない場合には通知から二年後に、条約の適用が終了する(すなわち離脱が完了する)と述べられている。この条文に基づいて、2017年3月29日に英国はEUに対して離脱の通知を行い、それから約二年間、英国政府とEUの間で離脱合意の交渉が行われてきた。2018年の年末には離脱合意の交渉が終了したとの宣言がEUと英国政府により共同でなされたが、その離脱合意は50条の下で定められている交渉期限の2019年の3月29日までに、英国議会の承認を得ることができなかった。そのため離脱日は二回延長され現時点では10月31日が英国のEU離脱予定日となっている。議会の説得の失敗から前首相のテリーザ・メイ氏が首相を辞任して、7月にボリス・ジョンソン氏が英国の新しい首相になってからは、Brexitの行く末についてはかなり風向きが変わってきた。本記事では英国のEU離脱(以下「Brexit」という。)に関して英国で現在何が起こっているのかと、日系企業がその中でとるべき施策についての頭出しを行う。

 

現在何が起こっているのか

 テリーザ・メイ首相が二年間にわたりEUと交渉してきた離脱合意においては、離脱日以降に二年ほどの変化が起こらない離脱移行期間を経てから、英国がEUから完全に離脱するというシナリオが想定されていた。その移行期間の間に貿易に関する詳細なポイントなどを協議することで、離脱がスムーズに行われるようにすることが離脱合意とそれに付随する未来の関係に関する政治宣言には述べられている。加えて離脱合意にはバックストップと呼ばれる英国の一部である北アイルランドとアイルランドの間に物理的な国境を設けないようにするための仕組みが設けられている(詳細は割愛するが北アイルランドと英国の残りの地域に対するEUの影響が離脱後も長期にわたって残る可能性がある仕組み)。この仕組みは北アイルランドとアイルランドの間に物理的な国境を設けないずにEUの仕組みを守るために必要であるとEUは述べ、交渉の余地はないと断言してきている。

 英国においては離脱合意については英国議会の承認が必要となっているが、これは2017年初頭に英国の最高裁判所で出された判決(R v. Secretary of State [2017] UKSC 5)に基づいて2018年に成立した、European Union (Withdrawal) Act 2018(以下「EU離脱法」という。)の下で規定されている。この要件の下で、メイ前首相は離脱合意のドラフトを議会に対して数回提出し承認を求めたが、すべて否決される結果となってしまった。この敗北を理由にメイ前首相が保守党の党首および首相を辞任したのち、新しい保守党の党首として選ばれたボリス・ジョンソン氏が英国の新しい首相に7月末に就任すると、ジョンソン首相は2019年の10月31日には英国は離脱合意があろうがなかろうが必ずEUを離脱するとの意向を繰り返し述べ、これまでの政権が取ってきた離脱合意の締結を前提としたBrexitの実施という基本方針が大きく変更されることとなる。まず最初にジョンソン首相はEUに対してバックストップを削除または変更しなければ英国は現在の内容での離脱合意を締結しないと述べている。これに対してEU側はバックストップがEUができる最大の譲歩として、ジョンソン氏の要求をはねのけてきている。加えてジョンソン氏はもし離脱合意が締結されない場合には、英国における人の移動の自由(EU加盟国民が英国に住み働く権利)を直ちに終了すると述べており、そうなった場合にはEU加盟国民が英国に自由に入国できなくなるだけでなく、英国に居住するEU加盟国民の権利も不透明になるために、彼らの間には不安が広がっている。さらにジョンソン氏は9月9日の週から10月14日まで英国議会を休会にすると宣言しており、この間は議員はBrexitに関する議論や法律の制定が行えないことになる。そもそも英国議会は7月末から始まった夏季休会が9月3日に終了したばかりであるために、それから1週間程度で再度休会を求めるジョンソン首相の決定は議会のBrexitに対する影響力を損なうことを目的とした政府の横暴として、英国各地で訴訟が起こっているうえに、英国議会においてはジョンソン首相に対する不信任決議の提案が労働党の議員を中心として検討されているといわれている。

 

合意なき離脱の可能性と日系企業が取るべき施策

 ジョンソン首相が率いる英国政府に対する様々な訴訟や不信任決議案がどのような結果になるかは記事の執筆時点(2019年9月3日)では不明である。しかしながら、その結果がどうなったにせよ、EUとの交渉の進展が実質的に起こっていない現在、英国が10月31日に離脱合意をEUと結ぶことができずにBrexitが起こる可能性は、以前より高まったといえるであろう。筆者の個人的な見解では、ジョンソン首相が時間を引き延ばすことで、EU条約50条の下での離脱合意が無いままの時間切れの条約適用の終了を狙っているとはいえ、議会のメンバーおよび裁判所がそのような策をそのまますんなりと許すことはないと思われるために、全く何の合意も無いままに10月31日に英国が離脱をする可能性は高くないと考えている。しかしながら、以前のように「ほぼない」とまで言い切ることができなくなったことは確かであり、ビジネスに対するインパクトを鑑みたうえで、必要となる施策を各社が検討する時期には来ていると思われる。具体的には、日系企業は英国においてEU加盟国に与えられている四つの移動の自由(人、モノ、サービス、資金)が無くなった際にどのようなインパクトが起こりうるかと、そのインパクトを軽減するためにどのような施策がとりうるかを検討することが必要であろう。それぞれの法律分野におけるインパクトと取るべき施策については、今後定期的に商事法務ポータルで詳細に述べていくことを予定している。具体的には以下のような事項について定期的に記事の執筆とアップデートを行うことを予定している。

 

  1. ・ 従業員の雇用に対する影響
  2. ・ 英国/EU間の輸出入における影響
  3. ・ 主なEU規格基準に関する留意点
  4. ・ 現地法人・支店に対する影響と留意点
  5. ・ GDPRなどのコンプライアンス対策に対する影響
  6. ・ 企業グループ内のファイナンス(資金の移動・調達)における留意点
  7. ・ 知的財産権に対する影響

 

 これ以外にも取り上げるべきテーマがある場合には、遠慮なく著者(Hiroyuki.Iwamura(アットマーク)ashurst.com)又は商事法務ポータル編集部(portal(アットマーク)shojihomu.co.jp)までご連絡いただきたい。

 

 

岩村 浩幸(いわむら ひろゆき)

アシャースト法律事務所 ロンドンオフィス 会社法部門パートナー。英国弁護士・米国弁護士(NY州、NJ州)。日系企業の欧州でのM&AやJVに関するアドバイスを提供するとともに、進出後に直面する訴訟、コンプライアンス、労務などの問題に関しての対応も行っている。

1996年青山学院大学国際政治経済学部卒業後、アクセンチュアにおいてコンサルタントとして数年勤務の後、2003年米国NY州Brooklyn Law SchoolでJDを取得。ニュージャージー州連邦裁判所での判事補佐として勤務の後、Pillsbury Winthrop Shaw Pittman法律事務所NYオフィス勤務。2005年より渡英し、Pillsbury Winthrop Shaw Pittmanのロンドンオフィス、Herbert Smith Freehills法律事務所ロンドンオフィスに勤務の後、2010年よりアシャースト法律事務所に勤務。

 

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