◆SH2287◆弁護士の就職と転職Q&A Q64「なぜ円満退職が難しいのか?」 西田 章(2019/01/21)

弁護士の就職と転職Q&A

Q64「なぜ円満退職が難しいのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 事務所の移籍とは、「現事務所の退所」と「新事務所への入所」の2つの人事の複合によって成立します。人材紹介業者に期待されているのは、「現事務所でも活躍している候補者を、新事務所に誘うことで、より一層活躍の幅を広げてもらう」という部分にあります(前事務所のボス弁から「あいつが居なくなってくれたおかげで、うちの事務所もようやく粒が揃った」などと言われてしまうと、いずれ新事務所をも「ババ(Joker)を摑まされた」と失望させてしまう展開が予想されます)。そのために、「戦力を奪われてしまう現事務所」との退職交渉は、スムースに進まないこともあります。

 

1 問題の所在

 かつて、法律事務所のアソシエイトの転職のタイミングは「留学からの帰国後に、元の事務所には復帰しない」というのが代表的でした。これには、「留学(NY州弁護士資格の取得が含まれる場合も多い)による市場価値の向上」も寄与していますが(特に、欧米系法律事務所や外国企業が東京オフィスに「英語のできる弁護士」を拡充していた時には)、実務的には、「留学により、手持ち案件がゼロになっているために、現事務所に対し、案件引き継ぎに伴う迷惑をかけずに済むから」という面で「円満に退職しやすい」という事情が影響していました(「復帰してくれたら、案件に入ってもらいたいと期待していたのに」という程度には迷惑をかけるのですが)。

 それが、最近では、留学前アソシエイトの転職も増えてきたことにより(その背景には「伝統ある優良事務所ほど、年次が上がるほどに書類選考の門戸が狭くなる」ことや、ジュニア・アソシエイト世代に「ワークライフバランス」を求めた転職が増えてきたことなどが影響しています)、マネジメント側からは「手持ち案件の引き継ぎに責任感を持たない退職者」に対する批判的なコメントを耳にすることも増えてきました。もちろん、アソシエイトにも「職業選択の自由」が認められていることは経営側としても十分に認識しており、合理的な経営側であれば、アソシエイトを過度に拘束することを望んでいるわけではありません。ただ、悩ましいのは、「アソシエイトが頻繁に辞めて入れ替わっている」という事務所のボス弁ほど、「アソシエイトからの退職申告を受けることに慣れている」ために、淡々とその事実を受け止めて、ドライに対応してくれるのに対して、「滅多にアソシエイトが辞めない」という、家族的雰囲気を大事にする事務所のマネジメントほど、アソシエイトから退職申告を受けた後の手続についての経験値に乏しく、「移籍するのが本人のためになるかどうか」という、「そもそも論」にまで遡ったガチンコの議論が求められるために、移籍の適否や退職時期を巡った話し合いが、道徳的な問題や感情論も巻き込んで錯綜してしまうリスクを孕んでいます。

 

2 対応指針

 退職交渉に関する留意点としては、(1)現事務所に退職を了解してもらうための説得の方法、(2)現事務所が移籍に賛同してくれない場合の対応、(3)退職が決まってからの勤務態度の3つが代表例として存在します。

 まず、現事務所のマネジメントに退職理由を説明する際には、「なぜ、うちの事務所ではダメなのか?」という質問を受ける場合もありますが、ここで、特定のパートナーの言動を過度に批判することは(少なくとも書面では)思い留まるほうが無難です。それよりも、「新しい事務所でこういうことをやりたい」という理由をメインに据えるほうが望ましい場合が多いです。

 ただ、「なぜ、うちの事務所ではダメなのか?」に正面から答えられないと、退職の合理性を理解してもらえないこともあります。「円満退職」が理想ではありますが、それが実現しづらい場合には、次善の策として、「一方的な退職通知」をしなければならないこともあります(慰留されたからといって移籍を思い留まると、将来にわたって「あのときに移籍していたら」という後悔が残る危険があります)。

 自分にとって不本意な言動を受けた場合であっても、退職が決まった後の残務処理と引き継ぎにおいては、できる限り、誠実に対応するべきです。「過去の職場での評判」のうち、もっとも、自己の市場価値を毀損するリスクが高いのは(能力に関するものよりも)無責任な勤務態度に対する悪評であることは念頭に置いておかなければなりません。

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(にしだ・あきら)

✉ akira@nishida.me

1972年東京生まれ。1991年東京都立西高等学校卒業・早稲田大学法学部入学、1994年司法試験合格、1995年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程(研究者養成コース)入学、1997年同修士課程修了・司法研修所入所(第51期)。

1999年長島・大野法律事務所(現在の長島・大野・常松法律事務所)入所、2002年経済産業省(経済産業政策局産業組織課 課長補佐)へ出向、2004年日本銀行(金融市場局・決済機構局 法務主幹)へ出向。

2006年長島・大野・常松法律事務所を退所し、西田法律事務所を設立、2007年有料職業紹介事業の許可を受け、西田法務研究所を設立。現在西田法律事務所・西田法務研究所代表。

著書:『弁護士の就職と転職』(商事法務、2007)

 



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