◆SH2286◆企業活力を生む経営管理システム―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―(第2回) 齋藤憲道(2019/01/21)

企業活力を生む経営管理システム

―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―

同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

第1章 「経営管理システム」の目的と対象

 企業の経営管理は、経営理念・経営目標を実現するために行われる。

 その管理項目には、経営資源の調達・保有、その有効かつ効率的な利用、顧客満足の実現に係る事項、並びに、従業員等による誤謬や不正の防止・排除に関する事項等が含まれる。これらの項目は、社会・経済の要請が反映されて決まる。

 そして、経営管理の仕組みが有効に機能していることを確かめるために、業務の監視・監督・監査が行われる。

 本章では、第2次世界大戦後から現在まで、社会・経済が変化する中で、企業がどのような経営管理を求められてきたのか、そして、監査等で何が課題とされたのかを考察する。

 

第1部 管理をめぐる経営環境の変化

 まず、第2次世界大戦後から今日に至るまでを、次の3期に分ける。

  1. 1. 戦後の経済再建から前回の東京オリンピック直後までの高度経済成長前半期
  2. 2. 高度経済成長後半期からバブル経済期
  3. 3. バブル経済崩壊から日本再興戦略の実行(今日)

 そして、各期の企業の経営管理の特徴と大きな流れを、次の4つの視点で整理する。

  1. 1. 経営環境の動向(経済・通商等の外的要因、製品に起因する消費者問題等の内的要因)
  2. 2. 経営管理の潮流
  3. 3. 業務の執行に係る法整備(取締役制度、会社運営関係、ガバナンス)
  4. 4. 監査機関(監査役・会計監査人)の充実

 企業は社会の中の生き物であり、社会が変われば、顧客が求める商品・サービスや、内部管理の要求事項が変わる。企業には、それに対応することが求められ、環境に順応できない者は淘汰される。

 

1.終戦~高度経済成長期前半 1945~1965年(昭和20~40年)

(1) 経営環境の動向

○ 第2次世界大戦が終結した1945年(昭和20年)から1947年にかけてGHQ(連合国軍総司令部)による経済民主化政策の一環として財閥解体が行われ、現在の日本の産業界の原型ができた。

(注1) 持株整理委員会(HCLC [1])による財閥解体
 財閥解体は、HCLCが合計83社[2]を持株会社指定し、その83社と財閥家族[3]が所有する有価証券その他の財産を譲り受け、これを従業員等の個人に譲渡・入札・売出等する方法で行われた[4]

 1947年には「過度経済力集中排除法」が制定され、上記財閥とは別に、規模・独占的市場支配力の観点から18社(一部、財閥指定と重複)を指定して(金融機関は含まれていない)、会社の分割(11社)・保有株式処分(4社)、工場処分(3社)を行い、財閥解体政策が補強された。

 1947年(昭和22年)に独占禁止法が制定されて持株会社が規制され、純粋持株会社は禁止された。これによって財閥解体が恒久化された。

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(さいとう・のりみち)

1971年東京大学法学部卒業。同年松下電器産業㈱に入社し、営業、経理、経営企画、法務の業務を担当。松下電子部品㈱経営企画室長、松下電器産業㈱法務本部法務部長、JVC・ケンウッド・ホールディングス㈱監査役等を経て、2009年パナソニック㈱を退職。損害保険ジャパン日本興亜㈱ 業務品質・コンプライアンス委員会委員長を歴任。

また、内閣府消費者委員会委員(2015年秋退任)、消費者安全調査委員会臨時委員(現)、製品事故判定第三者委員会合同会議議長(現。消費者庁と経済産業省合同)、国民生活センター紛争解決委員会委員(現)、経済産業省産業構造審議会臨時委員、神戸市公正職務審査会委員(現)

 




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