◆SH2241◆弁護士の就職と転職Q&A Q61「退職希望者をどこまで引き留めるべきか?」 西田 章(2018/12/10)

弁護士の就職と転職Q&A

Q61「退職希望者をどこまで引き留めるべきか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 人材紹介業は、転職を斡旋することで採用側に紹介手数料を請求するビジネスモデルです。ただ、他事務所の事情を知り、若手弁護士の本音を聞く機会が多いことから、「うちのアソシエイトが転職すると言い出したのが、思い留まらせる方法はないか?」という相談を受けることもあります。退職を切り出しても、その決断に迷いが見られる場合には、「退職希望者の目をどこに向けさせるか?」の工夫次第で退職意思を撤回させることをできる場合もあります。ただ、「転職の機会を奪ってしまって良いのか?」という疑問を抱かされる事例も散見されます。

 

1 問題の所在

 パートナーは、アソシエイトから「退職したい」という申告を受けると、その脳内では、2つの立場から、どう返答すべきかの思考回路が動き出します。ひとつは「弁護士業界で長く生きてきた先輩として後輩にいかに助言すべきか?」という思考回路であり、もうひとつは「事務所の管理職として部下の退職申請にどう対処すべきか?」という思考回路です。両回路の調和を図るためには、パートナーの側にも時間を要するために、(その場で退職申請を受理せずに)「今度、飲みに行ってゆっくり話そう」という「息継ぎ」を得て、対策を練ることになります。

 伝統的には、「弁護士は最後は自分で食い扶持を稼がなければならない自営業者である」という思想が強かったために、「本人が決めたことを止めるべきでない」として「先輩としての助言」思考が優っていました。ここでは、「自分が退職希望者の立場だったら、どうするだろう?」という基準での検討がなされていました。そのため、「うちを辞めてどこに行くつもりなのか?」を聞き出した上で、「うちに残った場合と転職した場合とでどちらにチャンスがあるか?」を真剣に議論することになります。その結果、引き留めるべき立場にあったはずのパートナーのほうから「確かに、転職したほうがいい。俺だってそっちに行きたい」と認められた事例や、「その事務所に行かれるのが一番痛いけど、そこならば止められない」といって許された事例もあれば、逆に「そこである必要がどこにあるのか? 単に逃げているだけではないか?」と言い返されて、慰留された事例もあります(その後に引き止めたパートナーのほうが先に事務所を辞めてしまう、ということもあります)。

 ただ、近時は、「管理職としての対処」思考で対策を検討する傾向が強まっています。「担当していた案件を誰に引き継がせるか」という直接的な人繰りの問題に加えて、ジュニアパートナーは、自らがシニアパートナーへの昇進審査を控えているために、「管理下にあるアソシエイトが辞める」ということに対する自分の評価への減点を恐れがちですし、シニアパートナーは、「他のアソシエイトへの波及効果」を懸念しがちです。

 

2 対応指針

 アソシエイトからの退職の申告に対して、退職がもたらす事務所側の不利益(マンパワー不足等)を強調して道義的な非難を向けることで、転職を一時的に思い留まらせた事例もありますが、「先輩としての助言」の範囲に外れるような言動を取るべきではありません。

 現在進行形の問題が給与水準ではなく、労働環境である場合には、それを解消するために、「相性が悪いパートナーと組ませない」「希望する種類の案件を配転する」といった環境改善にも引き留め効果は認められますが、理想を言えば、「その場限り」ではなく、「中長期的にもキャリアとして成立しうる」ことまで示してあげるべきです(例えば、「企業への出向」は、激務緩和にはつながっても、パートナートラックから外れることも意味する場合があります。また、「パートナーにならずともカウンセルという道もある」という提案には、「本人よりも若い修習期の弁護士がパートナーに昇進するようになったら仕事を振ってもらえなくなるリスク」も存在します)。

 「転職予定先についてのネガティブ情報」については、具体的な問題点(クライアント筋の悪さや弁護過誤等)を把握しているならば、指摘してあげるべきですが、安易な印象論から「落ち目の事務所であり、留学帰りでも行ける」「留学すればまた違う景色が見えてくる」等の無責任なコメントは避けるべきです(家族的な雰囲気を大事にする事務所は、年次の上がった応募者を門前払いするため、事実に反する場合があります)。

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(にしだ・あきら)

✉ akira@nishida.me

1972年東京生まれ。1991年東京都立西高等学校卒業・早稲田大学法学部入学、1994年司法試験合格、1995年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程(研究者養成コース)入学、1997年同修士課程修了・司法研修所入所(第51期)。

1999年長島・大野法律事務所(現在の長島・大野・常松法律事務所)入所、2002年経済産業省(経済産業政策局産業組織課 課長補佐)へ出向、2004年日本銀行(金融市場局・決済機構局 法務主幹)へ出向。

2006年長島・大野・常松法律事務所を退所し、西田法律事務所を設立、2007年有料職業紹介事業の許可を受け、西田法務研究所を設立。現在西田法律事務所・西田法務研究所代表。

著書:『弁護士の就職と転職』(商事法務、2007)

 




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