◆SH2066◆インハウスと外部弁護士② Vanguard Lawyers Tokyo(山川亜紀子)に聞くキャリア 西田 章(2018/09/04)

インハウスと外部弁護士②
Vanguard Lawyers Tokyo(山川亜紀子)に聞くキャリア

GEジャパン General Counsel
弁護士 大 島 葉 子

Vanguard Lawyers Tokyo
弁護士 山 川 亜紀子

(司会)西 田   章

 

 前回(第1回)は、大島葉子弁護士が、日本の大手渉外事務所からの米国留学と米国ローファームでの勤務を経て、GEジャパンに転職された経緯と、インハウスになってから、外部弁護士としての役割の違いを実感された体験談をお伺いしました。

 今回(第2回)は、山川亜紀子弁護士に、マジック・サークルと呼ばれる英国系巨大事務所の東京オフィスの一員となり、そこでパートナーに昇進した後に、ご自身の事務所(Vanguard Lawyers Tokyo)を設立するに至った経緯をお伺いしています。

 

 今度は、山川さんに経歴を伺っていきたいと思います。山川さんも、大島さんと同じ51期修習を1999年4月に修了されましたが、最初に入所されたのは、国内の渉外事務所でしたよね。


 はい、小松・狛・西川法律事務所です。同事務所は、2002年に、あさひ法律事務所と合併しましたが、私は、それよりも前に、2000年の4月に、欧州系のフレッシュフィールズに移籍しました。私の前に、同じ事務所から先にフレッシュフィールズに移っていた弁護士がいたので、誘われて移りました。それから、昨年(2017年)まで、ずっとフレッシュフィールズです。


 留学は、フレッシュフィールズから行かれたのですか。


 はい、大島さんと同じ時期(2002年秋~2003年春)に、ハーバードロースクールのLL.M.に留学しました。


 フレッシュフィールズ内で、アソシエイトからカウンセルへ、そして、パートナーへと昇進されたのですよね。


 留学から戻って数年経った2007年に、カウンセルになりました。「カウンセル」というポストは、東京オフィスで先行して設けたら、その後、グローバルでも後追いで正式なポストとして承認されました。


 インターナショナルファームでパートナーになるのは、とても難しいと聞きます。相当に苦労してパートナーポストを手に入れられたのでしょうか。


 いえ、実は、私自身は、カウンセルという身分で仕事をさせてもらえて十分ハッピーだったので、昇進したいという欲求がありませんでした。というよりも、むしろ、「パートナーになりたくない」とすら思っていました。
 でも、弁護士の大先輩であり、フレッシュフィールズの東京オフィスにおける訴訟部門のパートナーだった岡田和樹弁護士から、かなり強引にパートナー選考に載せられてしまって、渋々、選考プロセスを進めた、というのが実態です。


 何と、そんな事情があったのですか。結果的にどうだったのでしょうか。


 そこがポイントで、パートナーになってみたら、これは本当に良かった、と思い直しました。別にカウンセル時代に不満もなかったのですが、同じ仕事をするんだったら、パートナーになったほうがいい、と、今では確信をもってそう思います。給料も上がりましたし(笑)。今では、強引に自分をパートナー選考に載せてくれた岡田弁護士に感謝しています。


 フレッシュフィールズに入られた当初から、紛争解決を専門分野にされていたのでしょうか。


 いえ、訴訟と労働に特化したのは、留学から戻ってきた後のことです。留学前は、木南直樹弁護士の下で、金融規制法を担当していました。


 なぜ、金融規制法から、訴訟・労働に専門を変更されたのですか。


 金融規制法は、「自分に向いていないなぁ」と思いながら、嫌々、仕事をしていました(苦笑)。「新しい金融商品を作りたい」と言われて、クライアントである金融機関から中身についての説明を受けても、「全然意味不明」と思いながら仕事していました。さすがに「これは向いてない」と思って、紛争チームのパートナーである岡田和樹弁護士にお願いして、紛争チームに入れてもらいました。


 金融規制法と、紛争解決では、弁護士としての適性が異なるのでしょうか。


 金融規制法をやる人は、兎に角、金融商品や金融取引が好きじゃないと、理解できないと思います。自分は、そういう抽象的な思考が苦手なんですよね。いまでもそうです。労働事件で「FXのトレーダーを解雇したい」といった相談を受けたら、その仕事内容もヒアリングすることになるのですが、トレーダーが何をやっているのか、いまだにピンと来ません。向き不向きがあると思います。


 逆に、予防法務好きの弁護士には、トラブルが起きた後の訴訟対応を苦手とする人もいますよね。


 訴訟は、やっぱり、「性格が悪い人」が向いていますよ、絶対に。好戦的なほうが有利。相手方から届いた書面を読んだ瞬間に、「こんなことを言ってくるなんて許せない!」「すぐに反論を書いてやる」と思える人が向いてます。
 だから、若い弁護士に起案してもらった書面を読んで、「どうしてもっと怒らないの? 怒りが足りないんじゃないの?」とコメントしたこともありますが(笑)、喧嘩が苦手な人にとっては、喧嘩の手伝いをする仕事をさせられても、つまらないでしょうね。


 それは、労働弁護士にも共通するものでしょうか。


 労働は、また別ですね。労働は、人間を相手にしていますので、わかりやすい。社員がこれをしました。これはダメですね、といった、身近で具体的な事実が問題になります。そこは金融とかとは本質的に違うと思います。
 労働事件は色々な人と会えるから、面白いです。一口に「労働者」と言っても、いろんな職種に及ぶから、違う仕事のことを知る機会がたくさんあります。


 不祥事調査案件にも共通するところがありそうですね。


 そう思います。労働も、就業規則とか社内規則を作るような仕事には、アドレナリンが出ないけど、具体的な「人」との関わりが出てくると、俄然、面白くなってきます。不祥事をしてしまったとか、病気になってしまった、というのは、事象としてはネガティブなことではありますが、人間だからこそ起きてしまう問題を扱う仕事はとても面白いです。


 先ほど、「フレッシュフィールズのパートナーになってよかった」というお話をお伺いしましたが、昨年、独立されました。ストレートにお聞きしてしまうと、所内で喧嘩でもされたのでしょうか。


 いえいえ、フレッシュフィールズからは、円満に独立させてもらいました。私は、もともと、若い頃から「いつかは独立したい」という思いを持っていたのですが、フレッシュフィールズが快適だったので、辞めるタイミングを逃してきていました。それを、昨年、ようやく実現できた、というだけです。


 パートナーになれなかったから辞める、というならば理解できるのですが、「マジックサークルの事務所のパートナー」という身分を捨ててまで、このタイミングで独立するには、大きな決断があったと思うのですが。

 

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(にしだ・あきら)

✉ akira@nishida.me

1972年東京生まれ。1991年東京都立西高等学校卒業・早稲田大学法学部入学、1994年司法試験合格、1995年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程(研究者養成コース)入学、1997年同修士課程修了・司法研修所入所(第51期)。

1999年長島・大野法律事務所(現在の長島・大野・常松法律事務所)入所、2002年経済産業省(経済産業政策局産業組織課 課長補佐)へ出向、2004年日本銀行(金融市場局・決済機構局 法務主幹)へ出向。

2006年長島・大野・常松法律事務所を退所し、西田法律事務所を設立、2007年有料職業紹介事業の許可を受け、西田法務研究所を設立。現在西田法律事務所・西田法務研究所代表。

著書:『弁護士の就職と転職』(商事法務、2007)

 

 




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