◆SH1882◆弁護士の就職と転職Q&A Q43「『あの事務所は◯◯先生が引退したら終わり』は的を得た批判か?」 西田 章(2018/06/04)

弁護士の就職と転職Q&A

Q43「『あの事務所は◯◯先生が引退したら終わり』は的を得た批判か?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 就活で、優れた弁護士が創設した事務所から誘われている修習生(予定者)が、より規模が大きな事務所の採用担当から「あの事務所は、代表弁護士だけでもっているから、代表弁護士がやめたら路頭に迷ってしまうよ」という忠告を受けることがあります。これには、「偉大な弁護士の顧客を承継できるのか」という問題と、「事務所が分裂又は崩壊したら、所属するアソシエイトのキャリアも途絶えてしまうのか」という問題が含まれています。

 

1 問題の所在

 大手法律事務所の「凄さ」は、創始者たちの優れた能力に加えて、創始者たちの引退後に第二世代以下がさらに事務所を発展させてきたところにあります。

 2000年に生まれた、日本で初めて弁護士数100名を超えたローファームである長島・大野・常松法律事務所の初代マネジング・パートナーに就任された原壽弁護士は、合併前の長島・大野法律事務所(N&O)について以下のように語っています。

 「N&Oの創設時から1985年頃までは、弁護士業務の上でも事務所経営の上でも長島弁護士がいわばスーパースター的存在であり、何人かの外部弁護士からN&Oは長島弁護士がいなければ存続できないであろうと言われており、現実にその当時のN&Oはあらゆる意味で長島弁護士に依存している状況であった。筆者を含めた若手パートナーの間ではそういう状況に強い危機感を感じ、組織の永続性をいかにして確保するかということが最大の課題であった。」(『日本のローファームの誕生と発展』(商事法務、2011年)97頁以下)

 この課題は、今後、第一世代の引退を迎えてくる中規模事務所にも等しく当てはまります。

 また、「事務所の発展」と「そこに所属する弁護士のキャリア」の成否は、別問題です。一般には、「新人で入所した事務所でパートナーに昇進して経済的な成功も収める」のが美しいキャリアのように思われています。ただ、ひとつの事務所しか経験しないことが視野の狭さにつながると指摘する人もいます(前述の原弁護士についても「入所当時の実働弁護士数は約10名であった」(同書96頁)で述べており、アソシエイトとしての修行を積んだのは大規模事務所ではありませんでした)。そして、実際にも、組織としては発展しなくとも、卒業生に優れた弁護士を数多く輩出している事務所も存在しています。とすれば、「入所する事務所の組織の発展や継続性はさておき、弁護士として優れた経験を積めることが最優先」という考え方も成り立ちます。

 

2 対応指針

 弁護士として優れた代表がいる事務所でも、彼又は彼女が、経営面において独善的で、周囲にイエスマンしか配置していなければ、それは個人事務所(ローオフィス)に留まり、法律事務所(ローファーム)に発展することはありません。代表のリタイアと共に、分裂又は崩壊のリスクは高くなります。他方、代表に、下の世代の意見にも耳を傾ける度量があり、かつ、現実に、第二世代以下が育っているならば(成長スピードはさておき)ローファームとしての継続も期待できます。

 また、代表が独善的又は第二世代以下が育っていないとしても、その代表の技を盗み、または、その代表のクライアントのために仕事をすることを通じて良い経験が得られるとの期待を抱くならば、事務所の存続可能性に関わらず、入所する価値はあると考えます。

続きはこちらから

バックナンバーはこちらから

 

(にしだ・あきら)

✉ akira@nishida.me

1972年東京生まれ。1991年東京都立西高等学校卒業・早稲田大学法学部入学、1994年司法試験合格、1995年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程(研究者養成コース)入学、1997年同修士課程修了・司法研修所入所(第51期)。

1999年長島・大野法律事務所(現在の長島・大野・常松法律事務所)入所、2002年経済産業省(経済産業政策局産業組織課 課長補佐)へ出向、2004年日本銀行(金融市場局・決済機構局 法務主幹)へ出向。

2006年長島・大野・常松法律事務所を退所し、西田法律事務所を設立、2007年有料職業紹介事業の許可を受け、西田法務研究所を設立。現在西田法律事務所・西田法務研究所代表。

著書:『弁護士の就職と転職』(商事法務、2007)

 

 




メールで情報をお届けします
(毎週火曜日・金曜日)