◆SH3336◆日産元会長ゴーン氏の有価証券報告書虚偽記載罪についての法的考察(下) 小島秀樹(2020/10/09)

日産元会長ゴーン氏の有価証券報告書虚偽記載罪についての法的考察(下)

小島国際法律事務所

 弁護士 小 島 秀 樹

承前

4.取締役報酬請求権の成立要件

 旧商法269条と現行会社法361条の下で多くの学説とそれほど多くない判例が存在しているが、取締役報酬成立要件につき、会社法は旧商法を本質的に改正したものではないと一般に考えられている。しかし全て同じというわけではない。例えば旧商法の下で認められていた取締役の賞与は、利益処分の一形態として、株主総会決議の要件とは別枠で認められていた。現行法上、総会決議の要件は、利益処分としての賞与にも適用されると解釈されている。またストック・オプションにつき、旧商法下では総会決議要件の埒外とされていたが会社法上は、総会決議要件は適用されると解されている。「取締役の報酬・賞与その他の職務執行の対価として会社から受け取る財産上の利益」を「報酬等」と定義し、定款又は株主総会承認決議をその成立要件とした。問題は実務の世界では、総会では全取締役の年間報酬総額の最高限度額のみを決議し、具体的な各取締役の報酬額を総会で定めず、取締役会に委ねることが広く行われていることである。更に多くの場合、取締役会がその決議により、社長や会長の一取締役又は複数取締役の決定に委ねる旨決議している。最高裁はこの実務慣行を有効として認めている。株主総会決議を取締役の報酬請求権成立の要件としているのは、「お手盛り禁止」の趣旨で、総額の最高限度額を株主が承認すれば、会社法上の要件は充たすことになる。会社の利益剰余金や当期利益は配当源資である。当然取締役の報酬は、損金算入が可能であり、利益剰余金や当期純利益を減らすことになる。しかし、株主が取締役報酬総額限度額を決めた以上、その限度でどのような配分をしても、配当原資の額や利益剰余金の額に影響はない。従って取締役会が決議により一取締役への権限委譲をすることは、会社法上無効ではないというのが多数説である。反対説は、社長・会長を監視・監督する機能を期待されるその他取締役の会社法上の権限義務と相容れないので、権限委譲は無効だと主張する。一部の学者に多い意見である。10人の取締役がいたとして、最高限度総額が決められている以上、その限度の範囲内で、1人への増額は即、残り9人への報酬原資の減額を意味する。自己の利益主張を控えることを美徳とする我々の文化は恐らく文学や社会学から得られる示唆にヒントをもらうと100年200年のことではなく、500年1000年単位で室町・鎌倉時代から続いた文化ではなかろうか。同時に国や組織のリーダーたる者、組織を機能的集団として動かす為には、内的道徳律としての美徳のみではなく、組織を活性化するためリーダーとして、先輩にも自分にも後輩にも、社長・会長としての地位を魅力あるものに作り上げていく必要がある。美徳を犠牲にしてでも組織活性化の為に、リーダーの報酬を魅力あるものにしていく決断が必要である。1人又は一部取締役に具体的な報酬額の決定を委ねることは、必ずしも監視機能と矛盾するとまでは言えないと思う。従って、違法とまでは言う必要はないと思うが如何であろうか。実務では、社長・会長に委ねる方式が多いようである。ゴーン氏のケースでは、報道ではゴーン会長一人に委ねられていたとするが、「(日産の)2011年以降は、他の代表取締役と協議することを条件に、ゴーン氏に具体的な報酬額の決定を委ね、……ゴーン氏は取締役会の決議に従って、ゴーン氏自身を含む各取締役の報酬額を決めていたとする。」会社法上課せられた報酬請求権の成立要件は、第一次的には定款の定め、定款に定められていない場合は株主総会で、総会の決議が最高限度額のみで取締役会に委ねている場合は、取締役会の決議がそれぞれ会社法が認めた機関決定となり、成立の要件を充たすことになる。取締役会が、ゴーン氏が、もう一人の代表取締役との協議を条件に、各取締役の各報酬額を決定することを委ねたのであれば、かかるゴーン氏の決断が会社法上の機関決定となる。ではゴーン氏の決裁を経た個別役員の報酬額の決定とは具体的には何を意味するのか。その要件は法律に書かれていないのみならず、会社法学者も触れていない。ゴーン氏が日記に書いても機関決定ではない。機関決定が認められることによって、会社法上報酬請求権が成立する。成立すると日産の支払債務となる。翌日会社を退任しても、一旦成立した報酬請求権は、日産にとっての債務であり、裁判上も裁判外でも支払義務を負う。会社法上の機関決定がなされたと言える為には、如何なる行為をもって機関決定ありとみるのが妥当かを特定する必要がある。一番認めやすいのは、会長に権限を託した取締役会への会長からの書面による決定の通告であろう。この方式の難点は、各取締役が役員各自の報酬額を知ることになる点である。しかし機関決定としての権限行使と認めることに一番問題がない方法である。各取締役にその取締役のみへの金額を開示し、他の取締役の報酬額を開示しない方式での通告はどうか。各取締役はこうした実務慣行を知った上で、会長に託しているのであれば、権限行使の一形態として認めてもよいように思う。

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(こじま・ひでき)

早稲田大学法学部卒(1970)、Southern Methodist Universityロースクール(LLM, 1978)、Georgetown Universityロースクール(MCL, 1979)
1973年に弁護士登録(司法修習25期)、1973年に湯浅・原法律特許事務所に入所。Reid & Priest(ニューヨーク、1979~)、Heuking Kuhn Herold & Kunz(デュッセルドルフ、1981~)を経て、1984年に小島国際法律事務所を設立、現在に至る。

主な取扱分野は国際企業法務全般、国境を超える各種商取引に関わる法務全般、海外直接投資、M&A・合弁・その他の企業提携、IT・知的財産権、国をまたぐ法的紛争解決、海事など。




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