◇SH3262◇親子上場問題に関する考察――『別冊商事法務No.452 親子上場論議の現在地点』の資料価値 冨山和彦(2020/08/06)

親子上場問題に関する考察

――『別冊商事法務No.452 親子上場論議の現在地点』の資料価値――

経営共創基盤(IGPI)代表取締役CEO

冨 山 和 彦

 

 刻舟求剣。舟から剣を水中に落としたため、その場所の手がかりとして舟べりに印を刻み、後になってその印の下を探しても結局剣は見つからなかったという故事から、制度が時勢に追い付いていないことの例えとして用いられる。一見、喜劇のようでもあるが、時勢に後れた制度は被害者をも生む。本件におけるアスクルがまさにそうであり、そしてヤフーもまた時勢に後れた制度の被害者であった。『別冊商事法務No.452 親子上場論議の現在地点――グループガイドラインとアスクル・ヤフー事件の検証――』は、法学者、実務家、そして、当該事案の関係者による総括資料であるが、これを単なる悲劇の回顧録としてはならない。本件を契機とし、日本がコーポレート・ガバナンス先進国に脱皮するためには、上場会社の支配的株主の責任を正面から制度化する必要があり、本書はその立法事実の裏付けとなる重要資料である。

 

 本件の問題の所在を正確に把握するためには、「子会社上場そのものの是非」と、「上場子会社の親会社その他支配的株主の責任論」とを明確に峻別しなければならない。

 まず、前者についてはその現象そのものを否定的に捉える論者もいる。本書が引用するデータが示すとおり、コーポレート・ガバナンス先進国である欧米に比べ、日本の上場子会社の絶対数は確かに大きい。しかし、子会社上場という仕組みは、こと日本においては、ベンチャー事業の創出と育成を加速するインキュベーション支援機能を担ってきた側面がある。親会社の一部門として事業を育成するよりも、独立の会社組織とすることで部門のトップに明確な収益責任を負わせ、また、当該部門を上場会社化することで資金調達の自由度を与えると同時に投資家の厳しい目に触れさせることで成功した事例は、トヨタをはじめ、枚挙にいとまがない。

 ベンチャー事業の創出と育成のための絶対条件は“ヒト”と“カネ”である。ところが、日本は、終身雇用と年功序列を人事制度のバックボーンとするため、世界的にも人材の流動性に乏しく、ハイリスク・ハイリターン型のベンチャー事業に優秀人材が集まりにくいという、制度的なネックがあった。それに加えて、日本ではリスクマネーの供給も活発ではなく、銀行による間接金融が経済の成長を支えてきたという歴史的背景もある。すなわち、日本では、欧米に比べ、ベンチャー事業に対する優秀人材とリスクマネーの供給が十分でないという制度的・歴史的背景があり、代わりにその役割を担ってきたのが子会社上場という仕組みなのである。

 

 アスクル・ヤフー事案の問題は、子会社上場そのものの是非ではなく、上場子会社のコーポレート・ガバナンスの在り方、なかんずく、その親会社その他支配的株主の責任論にこそ真の問題の所在がある。

 これまでの上場会社のコーポレート・ガバナンス論は一般少数株主の権利保護に光を当てて議論が進められてきたが、一方で、コインの裏表であるはずの「支配的株主の義務・責任」について議論することについては、なぜか極めて消極的であった。「株主は(間接有限責任を超えて)義務を負わない」というドグマティックな観念に縛られ過ぎているきらいがある。不特定多数のステーク・ホルダーによりその存在が支えられている“社会の公器”を預かる者としての上場子会社の支配的株主の責任という議論がこれまでずっと置き去りにされてきたのだ。

 アスクル・ヤフー事案を通じて正面から議論されるべきは、「バプリック・カンパニーにおける支配的株主の責任の在り方」、より具体的には、「支配的株主の対象会社及び少数株主一般の利益を保護する忠実義務」なのである。

 

 日本の会社法は、株式会社の統治の基本原理として、一株一議決権を前提とする資本多数決を採用している。その一方で、多数者の専制から少数株主を保護するための一定の制度的配慮もなされている。

 しかし、アスクル・ヤフー事案では、少数株主保護の制度的限界が露呈した。すなわち、本件では、アスクルの実質的親会社であるヤフーが、自社と対立しているアスクルの経営者のみならず、独立社外取締役の再任までも否認してしまった。現行制度下ではこのようなことが起きてしまう。ヤフーも上場会社であり、自社の利益を最大化する責務を株主に対して負っている以上、そのような合法的選択肢が存在する以上、それを採るのも無理からぬ面がある。結局のところ、本件は制度的欠陥が生み出した悲劇であり、アスクルもヤフーもその被害者なのである。

 

 アメリカ、イギリス、ドイツなどのコーポレート・ガバナンス先進国では、支配的株主に厳格な少数株主保護義務を負わせ、これらは判例法やTakeover Codeのようなルールの中に組み込まれ制度化されている。日本でも、コーポレートガバナンス・コードにおいて、独立社外取締役に、会社と経営陣・支配株主等との間の利益相反を監督する役割があることが明記されており、また、2019年6月に経済産業省から公表された「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」では、上場子会社の独立社外取締役には、支配株主である親会社との利益相反を監督し、一般株主の利益を確保する役割があり、そのため、支配株主である親会社からの独立性も求められる旨が謳われている。

 しかしながら、このように、独立社外取締役は少数株主保護の肝心要と位置付けられながらも、支配的株主からの独立性が会社法上担保されていないため、結局のところ、独立社外取締役の生殺与奪は支配的株主に握られている。アスクル・ヤフー事案のように、それぞれの利害が先鋭的に対立した場合、支配的株主が伝家の宝刀を抜くと、少数株主保護の砦も途端に画餅に帰してしまう。本来、日本のようなハイ・コンテクストな社会の中では、ソフト・ロー的アプローチがよく機能するのであるが、その機能的限界がこのような形で露呈した以上、構造的瑕疵はハード・ローによって治癒されなければならない。

 

 一株一議決権の原則、すなわち、資本的貢献度に応じて議決権を与えるという考え方そのものは株式会社制度の本質に立脚した原理であり、それ自体否定されるべきものではない。しかし、一方で、“パブリック・カンパニー”の使命は、一般少数株主を含めたすべての株主のために、その企業価値を最大化することにあり、特定の支配的株主の利益に貢献することではないという点も上場制度の原理原則であることを忘れてはならない。すなわち、支配的株主がその地位を利用して一般投資家の利益を侵害することは、この原理原則に違背しており、究極的には、マーケットそのものを破壊することにつながる。

 少なくとも、パブリック・カンパニーに支配的株主が存在する場合、株主有限責任の原則や資本多数決の原則をドグマティックに解釈するべきではない。“社会の公器”を預かる者の責任を無視した議論は、いまや“刻舟求剣”の誹りを免れない。アスクル・ヤフー事案は、“パブリック・カンパニーにおける支配的株主の責任”を正面から議論し、これを法制度として組み込むことの必要性を如実に物語っている。

 支配的株主の責任の在り方の具体論につき卑見を述べるなら、上場子会社の親会社その他支配的株主は、当該上場子会社及び一般少数株主のため忠実にその議決権を行使しなければならない旨の一般準則が明定されるべきである。また、このような一般準則に加え、2011年12月の「会社法制の見直しに関する中間試案」の中で提案されていたような、株式会社とその親会社との利益が相反する取引によって当該株式会社が不利益を受けた場合における当該親会社の責任に関する個別具体的な規律についても再度議論されるべきである。

 

 本書の作成には、この解任劇のプリンシパルであるアスクルの当時のCEOであった岩田彰一郎氏と社外取締役であった斉藤惇氏も参加しており、両名のコーポレート・ガバナンスの発展にかける想いに紙面を通じて触れることができる。本書が、一人でも多くの読者の目に留まることを、また、両氏の想いがグローバル・クオリティでのコーポレート・ガバナンス制度の実現に結実することを心から願うものである。

 

 

 別冊商事法務№452 親子上場論議の現在地点――グループガイドラインとアスクル・ヤフー事件の検証――

 上村 達男・神作 裕之・斉藤 惇・坂本 里和・
 岩田 彰一郎・宍戸 善一・澁谷 展由 著
 B5判並製/200頁
 ISBN:978-4-7857-5286-6
 定価:4,070円 (本体3,700円+税)
 発売日:2020/07

 




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