◆SH3080◆事業再生の専門家に聞く(後編) 上田裕康/伊藤眞(聞き手:西田章)(2020/03/31)

「事業再生の専門家に聞く(後編)」

 主演:上田裕康(弁護士・アンダーソン・毛利・友常法律事務所)

 共演:伊藤眞(東京大学名誉教授)

 

 前回(前編)では、上田裕康弁護士が、英国留学から帰国後に、村本建設の会社更生事件(1993年)を契機として、次々に事業再生の大型案件に関与されて、2008年のリーマン・ブラザーズの日本法人の民事再生手続の申立代理人を務められて、事業再生の専門家たる地位を確立なされた後に、2017年に、新たな挑戦として、アンダーソン・毛利・友常に籍を移して仕事の幅を広げられて活躍されるようになった経緯をお伺いしました。そして、テーマを、「プロが尊敬できる実務家像」に移した今回(後編)は、伊藤眞教授にもご意見を伺いながら、「弁護士としての案件への取組み姿勢/キャリア選択」に関する話から始まり、「プロが尊敬できる研究者像」について議論を移した後に、最近のトピックとして、「コーポレート・ガバナンス/社外役員論」と「働き方改革/テクノロジー(AIを含む)の進歩」についても、主演・助演の先生方のご経験に基づいたご見解をお伺いします(本インタビューは、2019年12月17日に琥珀宮(パレスホテル東京)にて開催されたものです(聞き手:西田章))。

 

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     (前編において)上田先生が事業再生の専門家としてクライアントから信頼され、かつ、同業者から慕われている理由を理解することができました。ただ、これは、上田先生のお人柄による部分が大きいため、若手弁護士が簡単に真似できるモデルでもないようにも思われます。上田先生とは違ったタイプでも、若手弁護士が目標に置けるようなキャリア・モデルをイメージしてみたいと思うのですが、伊藤先生が「この弁護士の仕事振りはすばらしい」と感じられた方が他にもいらっしゃれば、お教えいただけないでしょうか。
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     事業再生とは別の分野ですが、私が、この2年ほど関与してきた事件に、郵便訴訟というのがあります。これは、愛知県弁護士会が、通信事業者に対して、弁護士法23条の2に基づく弁護士照会を拒絶しないようにしてもらうために行っている訴訟です。損害賠償請求の形での司法判断を求めても、最高裁に認められずに、次に、報告義務の確認訴訟の形での司法判断を求めても、これも不適法とされて、判例法理は確立してしまいました。
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     伊藤先生が、ご論文(「弁護士会照会運用の今後―最二小判平30・12・21が残したもの―」金法2115号(2019)14頁等)を公表されてきた事件ですね。
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     詳しくは、事件を担当された石川恭久先生(愛知県弁護士会)が自由と正義(2019年11月号)に論文(「愛知県弁護士会と日本郵便との訴訟の経緯と意義」)を掲載されているので、内容はそちらをご参照いただければと思いますが、この間の付き合いを通じて、不屈の弁護士魂ともいうべきものを感じさせられました。
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     ビジネスとして弁護士業務をしているだけではできないものを感じられた、ということでしょうか。
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     この訴訟に勝ったからといって、当事者や代理人弁護士が特段の経済的利益を期待できるわけでもないと思われます。弁護士会照会という制度の機能を確保し、国民の司法への期待に応えるため、狭い道でも、ほんの僅かでも隙間があれば諦めずに、膨大な時間と努力を費やされたのだと思います。司法による社会正義の実現(弁護士法1条)を目指す姿勢に非常に感動しました。
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     その姿勢に胸を打たれて、研究者の立場から、意見書を提出して伊藤先生もご協力をなされたのですね。
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     愛知県弁護士会の主張に納得ができたことが、意見書の作成をお受けした最大の理由です。それに加えて、担当する弁護士の先生方の取組み姿勢にも共感してお引き受けしました。
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     だからといって、無報酬で協力をなされた伊藤先生も素晴らしいと思います。意見書の作成には相応の時間も要するのではないでしょうか。
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     意見書を作成するためには、自分の考えを、どうやって裁判所に伝えるか、ということを真剣に考えなければなりません。論文を執筆するのと同じことなので、相当な時間はかかってしまいます。報酬の問題については、以前に「法律意見書雑考」(判例時報2331号(2017)141頁)と題する愚見を公表した折に、英米法専攻の樋口範雄名誉教授(東京大学)より、アメリカで行われているアミカス・キュリエについて御教示をいただきました。これは、当事者代理人の依頼を受けてではなく、研究者が裁判所に判断材料を提供するために自ら提出する意見のようですが(英米法辞典48頁)、ある意見の冒頭に「当事者からいかなる財産的利益の供与も受けていない」旨が誌されておりました。

     わが国には、事件に関わりのない研究者が直接裁判所に法律意見を提出する方法がないものですから、郵便訴訟では、当事者である愛知県弁護士会の代理人の手を経て提出する方法をとりましたが、気持ちとしては、アミカス・キュリエと同様の姿勢で、愚見を述べました。論文冒頭に「弁護士会の求めに応じて……意見書を提出しているが、……依頼者たる弁護士会から一切の財産的利益の供与を受けていない」と付記しているのは、それを表したつもりです。

     千葉勝美弁護士(元最高裁判所判事)が、わが国の「司法部の立ち位置」について、学説と裁判実務の乖離を指摘されていますが(『違憲審査――その焦点の定め方』(有斐閣、2017))、アミカス・キュリエのような制度ができれば、その乖離も多少なりとも縮まるように思います。
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     「弁護士会照会運用の今後」(金法2115号(2019)14頁)の論文では、最高裁の判決に対して「賛同できない」「確認の利益を認めるべきである」という強い表現で批判を述べておられます。このように最高裁判決と異なる意見を公にすることに躊躇はないのでしょうか。
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     研究者ならば、最高裁の判例でも批判の対象にすることは当然のことです。学生のみならず、研究者教員までが「判例・通説依存症候群」(拙著『法律学への誘い〔第2版〕』(有斐閣、2006)3頁)に罹ってはと思うのは、老耄のためでしょうか。
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     この論文では、批判に続いて、「判例法理を前提とした今後の弁護士照会制度」として、「各種団体の社会的責務」「ソフトローとしての報告義務に関する規範形成の必要性」「仲裁の利用可能性」についても論じておられますね。
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     判例を批判するだけで終わっては、研究者としての責務を果たしえないと考えたからです。実務家が判例法理を基準にして行動するのも当然のことですから。批判はもちろん書きますが、判例法理が確立された以上、それを前提として弁護士会照会制度の適正な運用がどうあるべきか? を示さないと、研究者の社会に対する責務を果たしたことにならないと思いました。
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     大変に勉強になります。ところで、郵便訴訟は、具体的案件への取組み姿勢としての学ぶべきものが大きかったのですが、「弁護士の生き様」についても、伊藤先生が一目置かれているようなキャリア選択のあり方があれば、教えていただけないでしょうか。
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     そうですね、先ほど、上田さんがお話しされていたように、大企業や金融機関を代理して、日本経済に関わるような大事件を担当されるのは、弁護士のあり方の目標になると思いますが、それだけでなく、地方の、弁護士過疎と呼ばれる地域で、市民のために活動している法律家の存在も不可欠だと思っています。
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     具体的に頭に描かれている弁護士がいらっしゃるのでしょうか。
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     2018年4月に、商事法務のポータルで私のインタビュー記事を掲載していただいた後に、随分と昔の教え子が、その記事を読んで感想を送ってきてくれました。彼は、法テラスの常設事務所やひまわりの公設事務所が活動するよりも前に、過疎地で活動を始めた弁護士でした。
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     優秀な方が、敢えて過疎地での活動を選ばれたのですね。
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     はい。当時は、漠然と、彼は郷里に対する思いで選択をされたのだろうと考えていました。
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     しかし、理由があったのですね。
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     彼から頂いたお手紙を読んで、彼が子供の頃に、同族会社経営の内紛がきっかけで、尊父が会社から追放され、新婚早々の母堂とともに飲食業を営み、昼夜を通して身を粉にして働かざるを得ない状況に陥り、幼い彼を育てる十分な時間の余裕がなかったところ、隣で青果業を営む方が大変に親切にしてくれたこと、そのことが彼の生き様に影響を与えて、自分はそういう人たちを助けるような仕事をしたいと思った、という動機を知ることができました。
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     伊藤先生が、インタビューの冒頭で、お父様が中小企業の経営者であったことのご苦労を語られていたことを読まれて、お手紙を書かれたのですね。
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     裕福な家庭に育ち、社会的地位が高く、華々しい活動をしていても、周囲に対する配慮を欠いた言動や行動をする方もいますが、経済的には恵まれなくとも、隣人からの心遣いを受けたことが、毎日を懸命に生きる人たちへの心の芽を育てるという、思いやりの連鎖というべきものもあるのだと感動しました。
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     本当に伊藤先生のお言葉には心をうたれます。事業再生に取り組んでいる弁護士の原点は、目の前の苦しんでいる人を助けてあげたいという想いです。企業の事業再生であっても、その根底には、その企業で働いている人達の生活を護ってあげたいという気持ちがあります。今でこそ、「事業再生」というと、社会的に立派な仕事をしているように聞こえますが、昔は、「倒産弁護士をしています」と言うと、「ヤクザ対策ですか? 整理屋対策ですか?」というイメージで受け止められていましたので、若い弁護士から人気がある分野ではありませんでした。人気の有無にかかわらず、事業再生が社会において必要とされる理由、何のための事業再生なのかという原点から事業再生を捉えて頂けたらと思います。
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     「倒産」から「事業再生」へと言葉が変わり、社会的イメージが向上しましたね。
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     経済的に困窮に陥った企業を投資対象として見るプライベート・エクイティ・ファンド等のスポンサー候補が出て来て、色々なプレイヤーが参入してきたことが、マーケットを活性化させたのだと思います。そのことに伴い、事業再生の手法も、自力再建型中心から、スポンサーの資金による再建、弁済も一括弁済という事業再生計画が増えてきたのではないでしょうか。
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     今の若い人たちは、破綻処理という後ろ向きなものとしてではなく、前向きな仕事として事業再生をやりたいと考えていますよね。
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     「何の仕事をしたいか?」というよりも、「自分が今取り組んでいる仕事にはどんな意味があるのか?」を考えるべきだと思います。使命感を持って、困っている人のため、傾きかけた事業を立て直すため、社会に、事件に関係する当事者たちに、自分の仕事がどのようなプラスをもたらすことができるのかを考えながら仕事をすることが大事だと思います。
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     足許の事件に全力を尽くすことは大切ですね。ただ、若い弁護士の中には、日々は忙しくしていても、将来的な不安を抱えている方を多く見かけます。そういった若手に向けて、キャリアを形成していく上でのアドバイスがあれば、お伺いしたいのですが。
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     若い弁護士の先生方が昼夜を問わずに働いているところに、私のような立場の者が注文を付けるのはおこがましいのですが、敢えて言わせてもらえれば、「20年後、30年後に自分がどういう仕事をしたいのか?頭の中に、自分の未来の姿をどう描くか?」を意識して日常を過ごしていただくと、ご自身で納得できる結果にたどり着ける、という気が致します。
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     20年後、30年後を見据える、というのは大事ですね。学生の就職で人気とされる業界も、時代が変われば変わって来ます。昔は、「都市銀行に入れば安泰」と言われていましたが、世の中、どんどん急速に変革していきますからね。若い先生には、社会を見て、あたらしい分野の勉強をして、ご自身で道を切り拓いて行っていただきたいですね。
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     「事業再生が人気だ」と聞いてから参入しても、遅いかもしれませんね。
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     社会にとって意義がある仕事は、一時的な波はあるとしても、その仕事がなくなることはありません。目先の流行りではなく、どんなときでも、自分の仕事が社会に対してどのような貢献をすることができるのか、どのような意義があるのかという大きな視点を自分の中に持っておいて欲しいと思います。事業再生は社会の新陳代謝を進めるために、そして、社会のイノベーションを支えるために必要不可欠です。
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     心構えについて、貴重なアドバイスをありがとうございます。もし、今日からでも開始できるような、日々の行動の中で実践できる具体的な工夫はありますでしょうか。
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     敢えてひとつ挙げるとすれば、「ユックリ話す」ということですね。先日、大阪で事業再生をテーマとする勉強会でお話しする時間をいただきました。その時に、中堅の弁護士の先生から、私の話の中身というよりも、スピードについて、「ゆっくり話されたのでよく理解できた」というお褒めの言葉をいただきました。
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     伊藤先生が意識的にゆっくり話されるようになったきっかけはあるのでしょうか。
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     もう40年近く前になりますが、アメリカで、フランク・チャーチさんという、上院議員でもあった高名な弁護士の方から諭されたことが直接の機縁です。私の英語が下手だったことにも原因があるのですが、チャーチさんから「自分の意見を相手に印象付けたいと思ったら、できるかぎりゆっくり話しなさい」と教えられました。それ以来、日本語でも、ゆっくり話すように意識しています。
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     「早口で話すほうが頭の回転の速さをアピールできる」とか、「相手の批判を封じ込めることができる」と誤解している若手は、一度、考え直す機会を持つべきですね。
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     マシンガン・トークなどと褒めそやす向きもありますから、否定的な評価もされていないのでしょう。でも、枝葉を省き、核心に絞れば、ユックリでも意を尽くせるのではないでしょうか。早口で聴き取りにくい100の情報よりも、聴き手の脳内に自然に溶け込む50の情報の方が有用と思いますが、いかがでしょう。

     発声にも工夫の余地があると感じています。マイクを口元に近づけると、どうしても早口で、しかも口先で発声することになりがちですよね。これに気付かされたのは、ユーチューブで安田姉妹(安田祥子・由紀さおり)の歌唱を見た折、声楽科出身である祥子さんの口元とマイクとの間隔が30センチ近く離れているのを発見したときです。早速、声楽家でもいらっしゃるピアノの先生にお尋ねしたところ、「マイクに向かってではなく、肉声で隣の部屋の人に話しかけるつもりで」との示唆を頂いたので、それ以後、心掛けています。

     もっとも、日本語はともかく、英語となると、サッパリ余裕がなく、「伊藤先生はアメリカにいらしたときに本ばかり読んでいたんでしょう?」などとからかわれる始末です。これではならじと、30年ほど前ですが、英語力の向上を志し、サイマルアカデミーの通訳科(夜間)に通ったことがあります。しかし、クラス分けの際に、創立者であり、同時通訳者としても著名であった村松増美氏の面接を受けたところ、「キミの英語は泥臭い」と評され、めげずに数年間の通学を続けましたが、やはり進歩はせず、還暦を超えてからは、どうせマルドメ(まるでドメスティック)だからと居直りを決め込んでいます。私のピアノが上達しないのと同じで、耳が悪いんでしょうね。

 

<プロフェッショナルから尊敬される研究者像>

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     それでは、次に、優れた研究者像についてテーマを移したいと思います。上田先生は、研究者としての伊藤先生を、どのように評価していらっしゃいますか。
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     伊藤先生が超一流の優れた研究者であることは、みなさんの意見が一致するところなので、私が申し上げることはないのですが、古稀を過ぎても、教科書の改訂もずっと続けていらっしゃる、学問に対するひたむきな情熱、真摯に向き合っていらっしゃる姿勢は本当に尊敬に値するものです。
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     実務家と違って、勤勉さと経済的利益が比例しませんからね。
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     伊藤先生はいつも「清貧」という言葉を口にされますが、その言葉に現われています。教科書を改訂しても、その労力に見合った経済的利益は得られるわけではありません。民事手続法、倒産法を学ぶ人たちに最もあたらしい研究成果を提示したい、という教育に対する強い思いがなければ、できることではありません。そのお気持と現実のご活動を心から尊敬しています。
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     学説の内容については何か感じるところはありますか。
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     バランス感覚、というか、公正・衡平に対する信念を感じますね。
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     清貧というと気取っているようですが、蓄財や華美な消費に走ることなく、人に感謝し、社会に対する責任を果たすべき姿勢をいうのでしょう。上田さんを中心とした中堅・若手弁護士の集いで話題にするのですが、財力に任せて顕示的な消費に走ったり、権力を誇って周囲を睥睨することを戒め、ときには、他人が尻込みする負担を引き受け、報われない任務でも黙々と遂行することに尽きると思います。
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     飾られることを望まずに、研究者としての良心に従って研究活動を続けられて、自説に対する批判も真摯に受け止めておられる生き様に惚れています。
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     研究者としての良心、という点は、法律意見書の作成に関する考え方にも現れています。
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     伊藤先生は、法律意見書を依頼されたら、まず、先に、「自分はこういう考え方です」という自説を依頼者に示さて、それに反するものはお書きにならないとおっしゃっています。それが本来の研究者の姿勢だと思いますが、事件をやっていると、色々な意見書が出て来て驚くことがあります。
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     訴訟では、準備書面みたいな意見書が出てくることもありますよね。
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     事件によっては、複数の学者の先生から意見書が提出されることがあるのですが、「作成をされた先生は、学者としての良心に照らして、これが本当に正しい意見であると思って作成しておられているのか?」と疑問を抱かされることもありました。
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     私も、時々、OBも含めて、裁判所の関係者から、意見書の扱いに困ったという苦言を呈されることがあります。訴訟代理人弁護士としては、意見書を提出することが裁判所を説得するために意味があると思って行っておられるのですよね?
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     法律判断は裁判所の職責ですが、あたらしい法分野、先例がない分野においては、裁判所も参照できる文献が少なくて、判断に迷われることがあるでしょうから、当該分野の専門家の意見書を出すことには意味があると思います。
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     なるほど。
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     それ以外にも、「法律解釈がどちらに転ぶかわからない」という難しい法律問題がある場合には、クライアントや代理人としては、「著名な先生の意見書を出せば、裁判所がこちらに有利な解釈をしてくれるのではないか?」という期待を抱いて提出することもあるのでしょうね。私は、それに大きな意味があるとは思いませんが。
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     意味が少ないという域を超えて、積極的に「不適切」とまで感じるものもあるのでしょうか。
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     意見書の中で事実認定にまで踏み込んだものを見ることがありますが、これは「訴訟代理人に依頼されたままに書いている」のが明らかで、よくないと思います。事実は、裁判所がきめるのであって、意見書の作成者が決めるものではありません。
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     研究者に意見書を依頼する場合には、訴訟代理人が下書きを作成する例もあると聞きます。また、訴訟戦術として、「該当する法分野の専門家には片っ端から連絡して相談してしまう。」「そうすれば、当方の立場からの意見書を書いてもらえなくとも、コンフリクトを生じさせることで、相手方からの意見書の作成依頼を防ぐことができる。」という発想もあると聞いたことがあります。
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     コンフリクトについては、確かにそのようなことが行われているというような話をお聞きしたことはあります。訴訟は戦いですので、そのような戦術をとられる方もいらっしゃるのかも知れませんが、あくまでもルールに則った戦いですから、意見書の依頼にも「品性」を求めたいですね。
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     伊藤先生は、先に言及された論文(「法律意見書雑考」)も公表されていますが、これもそのような思いからなのでしょうか。
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     大学の教員は、研究と教育に自分の時間を費やすのが本来の活動ですから、意見書の作成も差し障りのない範囲と程度で行われるべきだと思います。
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     上田先生からは、伊藤先生を尊敬されていることをお伺いしましたが、他にも尊敬される研究者はいらっしゃいますでしょうか。
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     たとえば、事業再生に関連すれば、東京大学の松下淳一先生や一橋の山本和彦先生には事業再生系の弁護士は大変にお世話になっています。
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     事業再生以外の分野ではどういう風に見られていますか。
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     色々な法分野を専門とする研究者の先生にお会いします。もちろん業績のある優秀な先生なのですが、親しくなって話を聞いたところ、「自分は他に教授ポストを得られそうな分野がなかったから、今の分野を選んだのだよ。」なんて言われてしまうと、ちょっと寂しくなってしまいますね(笑)。
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     若手研究者に対して、伊藤先生から何かアドバイスはありますか。

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