◆SH3056◆弁護士の就職と転職Q&A Q109「『景気低迷期はキャリア再考の好機である』は単なる強がりか?」 西田 章(2020/03/16)

弁護士の就職と転職Q&A

Q109「『景気低迷期はキャリア再考の好機である』は単なる強がりか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 新型コロナウイルスの被害は、東アジアに留まらず、その中心はヨーロッパに移ってきました。そして、WHOがこれをパンデミックと認めたことで、民間における経済活動の自由よりも、非常事態としての感染拡大防止策が優先されるフェーズに移行しています。日本のリーガルマーケットの関係者にも悲観的なムードが漂っていますが、「個々の弁護士のキャリア選択」という問題に限れば、「こういう時こそ、自分が本当にやりたいことを考えることができる。」と語る楽観主義者もいます。

 

1 問題の所在

 キャリア選択に「もしも、……していたら」という仮定の話を持ち出したら切りがありませんが、「いつか現職を辞めようと思っていた」という転職予備軍からは、「転職の時機を逃した」という後悔が聞かれます。敢えて、これに「たら/れば」論で応じるならば、コロナ騒動前に「好景気時における価値基準」に基づいて転職先を決めていたら、新しい職場で景気低迷を迎えることになっていたに過ぎない、とも言えます。「与えられた状況下で最善を尽くす」のが実務家の仕事ですから、「コロナ騒動で流れが変わった今だからこそ、本当に自分が何をしたいのか、何に適性があるかを改めて考え直したい。」と考える楽観主義者のほうが、「依頼者から頼られる代理人像」に近付けるように思われます。

 実際、人材紹介業を営んでいると、「キャリアの成否は、外側からではわからない」ということを痛感させられます。大規模な事務所で多額の売上げを立てているパートナー弁護士は成功者のように見えますが、アソシエイトや事務職員等の「扶養家族」を大勢抱えてしまえば、(もはや自己の主観的満足度を基準に行動することを諦めて)ディマンディングなクライアントとの付き合いを続けて、ストレスフルでも採算の良い仕事を受けなければならない状況に陥ってしまうこともあります。むしろ、細々としたひとり事務所でも、気の合う依頼者又はやりたい分野の仕事だけを受けて、売上げの出来る限りを経費算入できる生活費にも振り分けて、課税所得を抑えつつ、生活水準を高めることに成功している弁護士のほうが幸福度は高い、とすら言えそうです。

 主観的満足度を高めるためには、自己の状況を他者と比較せずに、社会的地位や名声を求めないことが近道ですが、学歴がよいエリート弁護士は、受験競争の延長として、無自覚的に、キャリアの出世スゴロク又は売上げ獲得レースに参加してしまいがちです。そして、好景気の下で、そのレースの先頭集団における位置をキープし続けられているうちは、「レースから降りる」という選択肢が頭に浮かんでも、それを実行に移しづらいものがあります(本人が大病したり、親しい人が亡くなったりして、「人生の有限性」を強く意識する機会でも持たない限りは)。その点、景気低迷が、レース勝者への賞金を減額するルール変更をもたらすことは、「不本意ながらもレースに参加し続けているプレイヤー」にとっては、「自分の主観的幸福度を優先したキャリア選択とは何か?」を問い直す契機にはなりそうです。

 

2 対応指針

 キャリアチェンジ(転職や独立)は、少なからず、現職に対する不義理を生じさせます。現職の上司やクライアントに対する不満を抱いていても、自ら「波風を立て/事を荒立て」てまで転職や独立を実現するためには、強い意思を貫き通さなければなりません。この点、不景気は、自己主張が苦手な若手弁護士にとってみれば、「相性が合わない上司や依頼者」との縁を切る好機ではあります。

 また、好景気時には、「事務所一丸となってチームで大型案件を取りに行く」という団体競技における自己の役割を確保する戦術が重視されがちですが、不景気になれば、「各自がそれぞれ自分の食い扶持を稼いでくる」というゲリラ戦法的な個人競技の様相を呈してきます。そのため、専門分野も「(自己が所属する)事務所内の空きスペース」に見出すポジショニングよりも、リーガルマーケットにおいて「クライアントニーズがどこにあるか?」を自ら直接に探る努力が求められます。

 収入面においては、「高額な給与を保障してくれる優良ポスト」を得ることは難しくなるため、一旦は、給与水準を維持することを諦めてでも(一時的に給与ダウンが生じることも甘受して)「固定給は低くとも、良い経験を積める先/良い人脈を築ける先」に潜り込むことを目標に設定して、リスクをとった進路選択をすることが将来のキャッシュ・フローを生むための自己投資につながります。

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(にしだ・あきら)

✉ akira@nishida.me

1972年東京生まれ。1991年東京都立西高等学校卒業・早稲田大学法学部入学、1994年司法試験合格、1995年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程(研究者養成コース)入学、1997年同修士課程修了・司法研修所入所(第51期)。

1999年長島・大野法律事務所(現在の長島・大野・常松法律事務所)入所、2002年経済産業省(経済産業政策局産業組織課 課長補佐)へ出向、2004年日本銀行(金融市場局・決済機構局 法務主幹)へ出向。

2006年長島・大野・常松法律事務所を退所し、西田法律事務所を設立、2007年有料職業紹介事業の許可を受け、西田法務研究所を設立。現在西田法律事務所・西田法務研究所代表。

著書:『弁護士の就職と転職』(商事法務、2007)




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